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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)1303号 判決 1980年10月30日

原告

榎本正二郎

原告

榎本寿子

右両名訴訟代理人

稲生義隆

根岸義道

被告

中川欽司

右訴訟代理人

藤井暹

外二名

主文

1  被告は原告らに対し各金六三六万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年九月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文1、2項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、亡榎本潤一(以下単に潤一という。)の両親であり、被告は、産婦人科医院(以下単に被告医院という。)を開業している医師である。

2  医療事故の発生

原告榎本寿子(以下単に原告寿子という。)は、懐妊後、被告医院に通院し診察を受けていたが、昭和五〇年八月二二日分娩のため被告医院に入院し同日午前一〇時三〇分潤一を出産した。潤一は出生時体重一六〇〇グラムで仮死第一度で生まれチアノーゼがあつたが、比較的元気であつた。しかし、その後潤一の容態は悪化し、同月二五日午前零時過ぎころ東京都世田谷区太子堂三丁目三五番三一号所在の国立小児病院に転院し治療を受けたが、同月二七日午前七時二〇分同病院において心不全により死亡するに至つた。

3  診療契約の締結

原告寿子は、被告との間に昭和五〇年一月二三日妊娠中における治療、分娩介助、及びもし母体や胎児の身心に異常があれば被告においてこれを医学的に解明し、その症状に応じた治療行為を行うことを内容とする診療契約を、原告らは、被告との間に同年八月二二日原告寿子が被告医院に入院する際、生まれてくる子供(潤一)に病的異常があれば被告においてこれを医学的に解明し、その症状に応じた治療行為を行うことを内容とする診療契約を、原告らは、被告との間に同日潤一の出生に際し、同人の法定代理人として、被告において右同内容の治療行為を行う旨の診療契約をそれぞれ締結した。<以下、事実省略>

理由

一当事者、医療事故、診療契約の締結

請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実、<証拠>を総合すると原告らと被告との間に請求原因3記載の診療契約がそれぞれ締結されたことが認められ<る>。

二本件事故の経緯

<略>原告寿子にその懐妊中尿蛋白が検出されたことがあつたこと、被告がその治療のため利尿剤を投与したことがあつたこと、原告寿子は過去に流産の経験があつたこと、被告は、原告寿子の早産の防止のため黄体ホルモンを注射したことがあつたこと、潤一がエス・エフ・デー児で仮死一度で生まれチアノーゼがあつたこと、潤一は出生後保育器に収容され、酸素が供給されたこと、被告は潤一の体内にアトムカテーテルを挿入し五パーセントのブドウ糖溶液を注入したこと、昭和五〇年八月二四日午後潤一のチアノーゼが著明となり呼吸不整に陥つたこと、被告が同日夕方ころ国立小児病院に転院を依頼したこと、同日午後一一時五〇分ころ潤一をポータブル保育器に収容し、酸素吸入器により酸素を供給しながら被告の乗用車で被告医院を出発し、同月二五日午前零時二〇分ごろ国立小児病院に到着したこと、潤一が同月二七日午前七時二〇分死亡したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実、及び<証拠>によれば次の事実が認められ<る>。

1  原告寿子は、昭和五〇年一月二三日被告医院に妊娠を疑つて来院し、被告の診察を受け、その結果妊娠七週と診断された。原告寿子は、その後も引続き潤一を出産するまでの間大体一か月に二回の割合で被告の診察を受け被告医院に来院していた。

2  懐妊中の原告寿子の身体の状態及び被告の処置

(一)  原告寿子が同年四月一七日来院したとき足の浮腫が若干認められたが、その他には異常はなく被告は足の浮腫について特に処置はしなかつた。同年五月一〇日来院した際には足の浮腫は認められず血圧も最高一二三、最低五三とほぼ正常で他に異常は認められなかつた。同月三一日来院したときは原告寿子の父親が死亡し、そのため北海道に赴いた後で心身の疲労が見うけられ尿蛋白が検出されたが血圧は最高一二六、最低五九で大体正常でその他には異常は認められなかつた。被告は尿蛋白が検出されたことから妊娠中毒症を一応は疑つたが、血圧も右程度であり、足の浮腫もなかつたことからこれを否定した。右尿蛋白のために、被告は原告寿子に利尿剤であるラシックスを三回分投与した。右ラシックスには、血圧を下げる効果もあつた。同年六月二一日来院した際には原告寿子に異常は認められなかつた。同年七月二日来院したとき、また尿蛋白が検出され血圧は最高一三八、最低五四と高かつた。

また、原告寿子から足がむくむという訴えがあつたが被告が診察した結果は足浮腫は認められず、その他にも異常は認められなかつた。被告は血圧の高さも右程度であり足の浮腫も認められなかつたことから妊娠中毒症については前回と同様否定し、右症状の治療として利尿剤(ラシックス)を三日分投与した。同月二六日来院した際には血圧は最高一三六、最低五〇となお高かつたがその他には異常は認められなかつた。被告は、この血圧の高さについては、妊娠の経過にともない、通常起こる上昇と考え特に治療はしなかつた。そして、同年八月八日来院したときには足の浮腫が若干認められ、血圧は最高一三〇、最低七八と前ほどではないが多少高かつたが、その他には異常は認められず右症状について被告は特に治療を施したことはなかつた。

(二)  被告は、原告寿子から寿子が過去に二回自然流産をしていることを聞いたため流産防止のため、同年一月二三日、同年二月二三日、原告寿子が来院した際、黄体ホルモン六五ミリグラムを注射し、また原告寿子が同年五月一七日来院した際近々北海道へ旅行する旨の話があつたので特に黄体ホルモン一四五ミリグラムを注射した。しかし同年七月二六日、同年八月八日、同月一七日原告寿子を診察したとき子宮口が少し開きかかつていたが、この時はなんの処置もせず、原告寿子にそのことを告げ安静にしているよう指示しただけであつた。

(三)  このほか、被告は原告寿子の身体の状態を知るため必要な計測検査は一応行い、また、原告寿子に尿蛋白が検出された時には塩分をひかえるように注意し、原告寿子が北海道に旅行した後、食欲不振を訴えた際には食事を無理をしても取るように注意した。

3  潤一の出生及び国立小児病院に転院するまでの状況

(一)  原告寿子は同月二一日深夜陣痛が発来し、そのため翌二二日午前七時一〇分ころ被告医院に入院し、同日午前一〇時三〇分ころ潤一を出産した。潤一の出生は在胎期間三七週で出産予定日より三週間ほど早かつた。

(二)  潤一は出生時、身長四四センチメートル、体重一六〇〇グラム、頭囲二九センチメートル、胸囲二六センチメートルであり、未熟児で低出生体重児であり在胎期間に比し体重の少ないエス・エフ・デー児であつた。

(三)  潤一の出生時の状況は呼吸は浅く、チアノーゼがあり、産声もあげなかつたし、手足も動かさず、アプガースコアーは七ないし六で仮死第一度であつた。そのため、被告は潤一を蘇生器に入れ酸素を供給し、かつ、潤一の呼吸を改善するため呼吸中枢を刺激する薬を注射したところ、七、八分後に産声をあげ、手足を動かすようになつたので、二階の新生児室に移し、保育器に収容し、チアノーゼが依然としてあつたので酸素を毎分二リッター程度継続して供給していた。原告正二郎は被告から潤一を見せてもらつたが、潤一の様子は皮膚の色も赤味がこく元気であつた。被告も潤一の元気さから被告医院においても十分看護が可能であると判断し、被告医院に置いておく旨原告らに伝えていた。保育器内に供給していた酸素については、潤一のチアノーゼがだいぶ改善されたことや、原告らが未熟児網膜症を心配したため午後一一時過ころまでで打切つた。

(四)  翌二三日潤一のチアノーゼは多少増加し、原告らが潤一を新生児室の窓ごしに見た時には、潤一の右の首筋がビクとふくらみ、それにつづいて手がビクと動き、それが終ると胸が上下するという一連の動きがくり返し現われ呼吸がうきく出来ないような様子であつた。また、原告らは看護婦が冷房された新生児室内で保温された保育器の中から薄い肌着を着た潤一をタオルにくるんで抱き上げ哺乳ビンでミルクを与えているのを数回目撃したが、潤一は口を動かさず、口にくわえたままでほとんどミルクを飲まないように見受けられたし、看護婦が潤一がミルクを飲まないし、抱いてミルクを与えていると潤一の足が冷たくなつてくると原告らに漏らしたことがあつた。そして、同日夕方ころからは潤一に黄疸が現われるようになつた。

(五)  翌二四日潤一は、前日に続きチアノーゼがだんだん強くあらわれ、呼吸がうまくできず、けいれんが起き、ミルクを飲まない等容態が次第に悪化し全身の筋の弛緩が見られ夕方ころには右各症状が著しくなり虚脱状態を呈するようになつた。被告は、潤一の血糖の検査はしなかつたが潤一がエス・エフ・デー児であり、エス・エフ・デー児の場合低血糖になることが多いことから低血糖になつているのではないかと疑い、同日夕方ころ潤一の鼻腔からアトムカテーテルを挿入し低血糖の解消のため五パーセントのブドウ糖溶液を五ない一〇ミリリットル注入した。その際、被告が潤一の足の裏を強くはじいたところ、ゆつくりではあるが足を動かし、まだ反応が見られる状況であつた。

しかし、潤一の容態はその後も改善せず、被告は自分の手におえないと判断し、急拠転院させることにし国立小児病院に転院を依頼したところ、国立小児病院の当日の当直医師であつた田中吾朗から了承が得られた。そこで、被告は潤一に強心剤を注射し、ポータブル保育器に収容し、保育器と酸素ボンベを被告の乗用車に積み、保育器内に酸素を供給しながら被告病院を出発した。その際、被告の妻が被告の乗用車に同乗したが看護婦等は同乗しなかつた。被告らが国立小児病院に到着したのは翌二五日午前零時二〇分ごろであり被告医院を出発してから約三〇分、被告が転院の依頼をした時から数時間を経過していた。

4  国立小児病院到達から潤一が死亡に至るまでの状況

(一)  国立小児病院に着くと直ちに潤一は診察室に運ばれ、前記田中医師の診察を受けたが、潤一は皮膚の色が非常に悪く、呼吸がなく、心拍停止の状況であつた。そこで、すぐに人工呼吸及び心臓マッサージを開始したところ、数分後には毎分六〇回の心拍動が聴取されるようになり、しばらくして正常な動きを示すようになつた。しかし、なお皮膚の色が悪かつたため血糖の検査を行つたところ、ほとんど反応がなく著しい低血糖となつていることがわかり、急ぎ五〇パーセントのブドウ糖溶液三ミリリットルを静脈内に注入したところ、約五分後には正常値を示すようになり、以後栄養の補給として点滴により一〇パーセントのブドウ糖溶液を静脈内に注入した。

(二)  ところが人工呼吸のため気管内に挿入していたチューブを通し肺の内容物を吸引すると血液が混入していることがわかつた。しかし吸引される血液の量はそれほど大量ではなく、徐々に濃度も薄くなつたため、田中医師は右出血は人工呼吸のため気管内にチューブを挿入したとき、気管に傷をつけたのではないかと疑つた。そしてその治療のため止血剤を投与し様子を見た。その後も肺からの出血は多くはないが続いていた。

(三)  同日午前一〇時一五分ごろ潤一は、急に心拍停止の状態に陥つたが田中医師が心臓マッサージを試みたところ心臓は再び動きだした。

(四)  同日午後一時ころ肺からの出血が続いていたため、原告正二郎から採血し二〇ミリリットルを潤一に輸血した。しかし、肺からの出血は止まらず、同日午後三時ごろ大量の出血が生じ、午後三時一〇分ごろには一時心拍停止の状態になつたが心臓マッサージにより回復した。右大量の出血は約二時間続き同日午後五時ころやや出方が減少した。

(五)  同日午後八時二〇分ころ血糖値を測定してみると点滴により一〇パーセントのブドウ糖溶液を静脈内に注入し続けているにもかかわらず血糖の反応がみられず低血糖になつていた。そして、血糖の検査をしているうち、潤一の脈搏が徐脈となつたため急いで五〇パーセントのブドウ糖溶液を静脈内に注入した。そうすると潤一の脈搏は始めゆつくりと、そのうち急速に増加し、正常まで回復し、いままでなかつた自発呼吸をするようになつた。その後は潤一の栄養の補給のため点滴により一五パーセントのブドウ糖溶液を静脈内に注入した。

(六)  その後潤一の血糖につき定期的に測定され、大体管理は良好とされていたし、人工呼吸による酸素の供給も順調におこなわれ、肺からの出血は同月二六日朝まで続いていたが同日午後にはおさまつているように見えた。しかし、翌二七日午前六時三〇分ころ潤一の脈搏は徐脈となり、回復しないまま午前七時二〇分に死亡した。

5  潤一の死亡後、田中医師は、原告正二郎に対し潤一の死亡原因につき、次のような経過ではないかと説明した。

すなわち、母親である原告寿子に妊娠中毒症があり、そのため胎盤の機能が低下し、胎児に対する栄養の移行が悪く、成長が阻害され在胎期間が三七週であつたにもかかわらず体重一六〇〇グラムのエス・エフ・デー児が出生した。そして、エス・エフ・デー児の場合、栄養特に肝臓内におけるグリコーゲンの蓄積が少ない場合が多く、また、出生後ミルク等の栄養の補給が十分でなかつたことがあいまつて低血糖症になり、けいれんや無呼吸発作といつた症状が生じ、さらに低血糖症が悪化し、国立小児病院の診療室に運ばれる前、三、四分の間、無呼吸、心拍停止の状況になり、そのため脳が低酸素状態となり脳の浮腫、または、脳内出血を起こした。その後、人工呼吸、心臓マッサージにより蘇生はしたが、結局、右脳の傷害が原因で心不全を起こし死亡した。肺出血は死亡原因としては二次的である。

6  その後、潤一の解剖がおこなわれ、その結果、潤一の肺は全肺葉にわたつて高度の出血があり、気管支より末梢肺胞に至るまで血液が充満し、田中医師が考えていたよりはるかに高度の肺出血があつたこと、脳については出血はなく、低酸素による脳の浮腫が認められたこと、また、膵臓内においてインシュリンの分泌をつかさどるランゲルハンス氏島が発達しすぎており、これも潤一の低血糖症をまねく一つの原因になつていたことが分かつた。

7  被告医院の新生児室は、看護婦詰所と隣り合わせで、看護婦詰所を通つて中に入るようになつており、新生児室に常駐する看護婦はいないが、新生児の看護は可能であつたし、また、新生児室にはテレビカメラが設置され他の場所から新生児室内を観取できるようになつていた。

しかし、被告は、潤一が出生した後他の新生児と同様の看護体制を取つたのみで、エス・エフ・デー児である潤一のため特別の看護体制を取つたことはなく、また、看護婦らに潤一の看護につき特別の指示を与えたこともなかつた。そして血糖の検査については、デキストロスティックスという血糖検査用紙に採取した血液を落し、色の変化により簡単に測定できたにもかかわらず、潤一が被告医院に在院中、一度も潤一の血糖値を測定したこともなく、また、潤一についての記録として作成されたものは母親である原告寿子の診療録に付記されたごく少ないものしかなく、経時的に、体温、脈搏、呼吸を測定し記録することもしなかつた。また、被告医院の隣には小児科の医院があり、以前、被告の手に負えなかつたときに応援をたのんだこともあつたが、潤一については応援をたのんだことはなかつた。

8  被告は、潤一が被告医院に在院中、経時的に体温、脈搏、呼吸の測定をなし、また、血糖の検査もおこない潤一の看護をつくし、同年八月二三日には潤一の状態を観察し転院を考え、聖マリアンナ医科大学東横病院、及び国立小児病院に転院を依頼したが、いずれも満床のためことわられたため、やむなくベッドが空くまで被告医院で潤一を看護することにし、その看護については万全を尽したと主張し、被告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述がある。<証拠判断略>。

三原因について

診療の経過は以上認定したとおりであり、これを医学文献及び各証言によりまず原因について考える。

1  潤一がエス・エフ・デー児として生まれた原因について

(一) 新生児は在胎期間との関係で早産(在胎期間三八週以下のもの。)、満期産(在胎期間が三八週から四二週の間のもの。)、過期産(在胎期間が四二週以上のもの。)に分けられ、また、体重との関係で巨大児と低出生体重児に分類され、更に、低出生体重児は、在胎期間との関係で右期間と体重との均衡は保たれているが右期間自体が短いため体重が少ない子供(Appropriate for date)と、右期間と体重の均衡が保たれておらず、在胎期間にくらべ体重の少ない子供(エス・エフ・デー児)に分類される。エス・エフ・デー児の発生の詳細な経緯は明らかにされていないが、臨床的に母体が妊娠中毒症にかかつていて尿蛋白、高血圧の症状がある場合に、エス・エフ・デー児が発生する場合があり、妊娠中毒症はその発生の重要な因子とされる。その発生の過程については母体に妊娠中毒症がある場合母体の胎盤機能が低下し、胎児に対する栄養の移行が悪くなり胎児の成長が阻害され、エス・エフ・デー児が発生するのではないかと推測されている。

(二)  ところで前記認定のとおり、原告寿子の懐妊中の症状で血圧が最も高かつた時は同年七月二日診察時の最高血圧一三八であり、高血圧の部類に入るとはいえ、一般人の正常な最高血圧は一二〇前後とされるからそれほど高いということはできないし、この高さの血圧が懐妊中持続していたのではなかつた。また、懐妊中尿蛋白が検出されたことが二回あつたが、いずれも利尿剤の投与により次の診察時には検出されなくなつていた。したがつて、原告寿子が妊娠中毒症に患つていたと断定はできない。

(三)  以上のことを考え合わせると、原告寿子が妊娠中毒症にかかつていた結果潤一がエス・エフ・デー児として出生したということは困難である。また、原告寿子の高血圧、尿蛋白の症状が、なんらかのかたちで潤一がエス・エフ・デー児となつたことに影響を与えた可能性も考えられないではないが、その症状から、どの程度の確率で、どの様な影響を与えたかを推測することも困難であり、結局、潤一がエス・エフ・デー児として出生した原因は不明というほかはない。

2  潤一の死亡原因について

(一)  エス・エフ・デー児の出生は前記のとおりその原因は明らかではないが、母体内での栄養の摂取が不十分であるため生ずるものである。したがつて、自己の体内における栄養の蓄積、特に肝臓におけるグリコーゲンや、身体の脂肪、蛋白の蓄積が不十分な場合が多く、この不十分な栄養を出生するとすぐに消費しはじめるし、各臓器の発達に不均衡がある場合があり、肝臓、脾臓、副腎、胸腺等にくらべ脳、心臓、膵臓のランゲルハンス氏島等が相対的に発達しており、ランゲルハンス氏島から糖を分解する作用を有するインシュリンが過剰に分泌され、適正な時期に栄養が補給されないと低血糖になるとされる。また、皮下脂肪の発達が不十分な場合が多く、そのため体温を保持する能力が弱く、保温に十分な配慮がされないと低体温になりやすいとされる。そしてエス・エフ・デー児が低血糖、低体温症状に陥つた場合、身体の新陳代謝の障害が発生し、チアノーゼ、けいれん、無呼吸発作、筋緊張低下等の症状が見られ、更に進むと脳に対する酸素の補給が減少し、脳内出血や脳浮腫を生じ、そのため心不全に陥り死亡する場合があるとされる。

(二)  潤一は、出生第一日目元気であつたが、体重一六〇〇グラムのエス・エフ・デー児であつたし、翌同年八月二三日にはミルクもあまり飲まず(無欲求症状)、呼吸がうまくできず(無呼吸発作の状況)、けいれんが生じ、夕方には黄疸が現われていた。翌二四日には右各症状が悪化し、虚脱状態を呈し、翌二五日国立小児病院に運び込まれた時には無呼吸で心拍停止の状態であつた。そして解剖の結果、他の臓器にくらべ膵臓のランゲルハンス氏島が発達していること、脳に浮腫が生じていることが判明した。潤一が酸素吸入を施こされていた時期は、出生第一回目の午後一一時過ころまでと国立小児病院に入院していた期間中であつた。

(三)  以上によれば、潤一はエス・エフ・デー児であり、身体内における栄養の蓄積が不十分であり、また、膵臓のランゲルハンス氏島が発達していたため徐々に低血糖になり、その後被告医院で適切な栄養の補給がなされなかつたため、極度の低血糖となつていた。そして右低血糖の結果、身体の新陳代謝の障害が生じ、脳に対する酸素の補給が減少し国立小児病院に運び込まれるまでの間に脳浮腫が生じ死亡するまで治癒されなかつたというべきである。

(四) 潤一が国立小児病院に入院後肺出血を生じたことは前記二本件事故の経緯で認定した事実に照し明らかというべきである。ところで、肺出血、特に大量肺出血の場合、口からと言わず、鼻からと言わず、血がふき出して来て、手のほどこしようがなく、遂に死亡する場合が多いとされる。そして、肺出血の発生の原因及び過程は明らかではないが、エス・エフ・デー児の死亡原因としては比較的高率をしめ、特に低血糖症、低体温の児や核黄疸になつているものに多いとされる。本件の場合、潤一がエス・エフ・デー児であり、国立小児病院に入院した時には極度の低血糖であつたのであるから、特にその原因を否定し、または、他にその原因が存在することが認められる等特段の事情がない限り潤一の肺出血は低血糖の結果生じたものと考えるのが合理的であり、前記二で認定した事実、及び本件に現われた一切の事情を考え合せても右特段の事情を認めることはできない。

(五) ところで右肺出血と前記低血糖による脳障害が起つたことのいずれが潤一の死をまねいたかを考察するに前記二本件事故の経緯で認定したとおり、潤一の解剖の結果潤一の全肺葉にわたつて高度の出血があり、気管支より末梢肺胞に至るまで血液が充満していたこと、脳には浮腫が認められたが出血はなかつたので、肺出血の方が潤一の死に寄与した率が高いということは言えるが、結局脳障害も原因して死亡したとする以外にはない。

四債務不履行について

1 エス・エフ・デー児は、子宮外生活が多くの因子によつて危くされ、そのため、特殊看護の必要がある高危険新生児(high-risk baby)の中に入り、一般的に開業医の場合、エス・エフ・デー児の看護について不十分である場合が多いから、直ちに十分設備の整つた病院に転院させることが必要であり、エス・エフ・デー児の状態及び当該病院の状況により開業医の手元に置いておく場合も経時的にエス・エフ・デー児を観察し、体温、脈搏、呼吸を測定し特にエス・エフ・デー児は低血糖、低体温になりやすいため、血糖の検査を定期的に必ず行い、血糖値が下つている場合には適正な栄養を経口、または、点滴等によつて補給し、保温についても十分留意する必要があり、それにもかかわらず、エス・エフ・デー児の身体の状態が悪くなり、開業医の手に負えない場合は、直ちに看護が可能な病院に転院させる必要がある。

2  ところで被告医院の場合、被告のほか、看護婦、助産婦等が通常七、八名おり、看護婦詰所の隣りが新生児室であり、同室内にはテレビカメラが設置され病院内の他の場所から新生児室を観察でき、保育器等の看護設備も一応整つていたし、潤一は出生第一日目において元気であつたのであるから、被告が転院の措置を取らず被告医院においておいたことはあながち誤りということはできない。

しかし、被告は潤一の体温、脈搏、呼吸につき診療録を作成しておらず体温、脈搏、呼吸につき経時的に測定したか否か不明であり、血糖の検査については一度もおこなつていないばかりか、同年八月二三日、潤一が無欲求、無呼吸発作、けいれんの症状を示しているにもかかわらず、冷房の部屋で漫然とミルクを飲ませようとしたのみで(潤一はそのミルクも十分飲んでいない。)、他に適正な栄養の補給の方法をとらず近所に小児科医がいたにもかかわらず、その応援を求めたことも、転院の措置もとらなかつた。そして、翌二四日潤一の低血糖がかなり悪化した後の同日夕方になつて始めて潤一の鼻腔からアトムカテーテルを挿入し潤一の低血糖の解消のためには到底足りないわずか五パーセントのブドウ糖溶液を五ないし一〇ミリリットル注入しただけであり、国立小児病院に転院の了承が得られたのちも数時間潤一をそのままの状態で放置し同日午後一一時五〇分ごろようやく潤一の搬送を開始したものである。

以上によれば、被告は、潤一の診療につき医師として十分診療義務を尽さず潤一を低血糖症に陥れたものというべきであり、また、前記三で判示のとおり潤一は低血糖症の結果脳障害と肺出血を生じ、それにより死亡したのであるから右被告の債務不履行と潤一の死亡の間には相当因果関係があるというべきである。

五損害について

1  葬儀費用 各自金一五万円

2  逸失利益 潤一の逸失利益の現価を算出すると、その額は金一九四六万三〇八三円となる。ところで前掲各証拠(医学文献)によれば、エス・エフ・デー児の一般的死亡率は少なくとも一〇パーセントに達することが認められ<る>から潤一の逸失利益の算定に当り、右事情を考慮するのが合理的であり前記金額から一〇パーセントを差引いた金一七五一万六七七八円が潤一の逸失利益と言うべきである。

なお養育費については、将来得べかりし収入額からこれを控除すべき理由はないから(最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日判決)、差引かないものとする。

3  慰藉料 各自につき金三〇〇万円<以下、省略>

(下郡山信夫 松井賢德 姉川博之)

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